【ちきゅう部だより】第11回 コンゴでの暮らし(2) -特殊な医療事情-

こんにちは
どうぶつ基金事務局です。

本日は「ちきゅう部だより」コンゴからのシリーズ・第11弾をお届けします。
長年コンゴ共和国に住んでゾウと人間の共存問題に取り組まれている
萩原幹子さんから届くお話。
コンゴで18年暮らしている萩原さんから教えてもらうコンゴでの医療とは。
日本とは違った不思議とも思える実情がそこにはありました。
ご一読ください。

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第11回 コンゴでの暮らし(2) -特殊な医療事情-

前回コンゴのインフラがいかに整っていなくて不便な生活か、ということを
通して日本はいかに便利があたりまえの生活であるかとご紹介しました。
が、よりによって元日から能登半島地震によって日本でもインフラが機能
しなくなるたいへんさをまた体験させられることになってしまい、それが
厳寒の中であることに特に胸が痛みます。震災で困難な状況にある方々には
この場を借りてお見舞い申し上げます。私も阪神・淡路大震災の経験者です。

今回はコンゴでの暮らしの中でも、特殊な医療事情について書かせて
いただきます。(写真は首都ブラザビルの国立大学病院)

日本人にとって病気とも言えないけれども一番具合が悪くなりやすい
「風邪」のようなものが、コンゴ人にとってはマラリアです。が、風邪
よりももっと症状はひどくなることがあり、急に40度近い高熱が出たり
体が痛くなったりしますし、きちんと治療してマラリア原虫を殺さなけ
れば、死に至ることもあります。

マラリアは世界中の熱帯地方に一般的な病気で、原虫をもった蚊に刺される
ことでかかります。一時的に滞在する観光客や出張者であれば、予防薬を
飲んだり、虫よけスプレーを使って予防することができますが、住んでいる
者は毎日そんなことをやっていられません。蚊は草木の繁った藪が多いところ
や、水が長期にたまっている溝や水たまりに発生します。雨季にはよく雨が
降るおかげで路上や溝の水も流れていくため、逆に乾季のほうが蚊が多く
なります。不思議なことにそういうものが近くに無くても、特に首都圏では、
群れを成して人のいるところに近寄ってきます。

最近やっとマラリアのワクチンが開発されて、アフリカの一部の国で小児
を対象に接種が始まっているそうですが、コンゴはまだですし、大人への
対策はありません。保健省は、蚊帳(かや)の中で寝るようにと指導して
います。蚊が触っただけで殺虫効果のある蚊帳が無料で配られることも
あります。特に夜に刺す蚊が原虫を持っているからだそうですが、夕方
まだ蒸し暑くて外で涼んでいるときにも刺される可能性は多いにあり、
蚊帳だけが解決策ではありません。

私も初めてマラリアにかかったときは、突然高熱が出てふらふらになり
ました。胃腸も同時にやられました。当時は森の中の村にいたのですが、
私が寝ていたい、と言うところを無理やり知り合いがクリニックに連れて
行ってくれ、マラリア治療薬を処方されて飲んだら3日後には元気になりました。


マラリア治療薬、普通に薬局に売っています。これは朝夕1錠ずつ3日間

通常、解熱剤とマラリア治療薬を飲みます。コンゴ人はもう子どものころ
から頻繁にかかっているので、人によっては錠剤では効かず、3~5日間
病院に通って注射を打つか、ひどいときは点滴を数日間行う人もいます。
さらには入院しなければならないこともあります。私はコンゴに住んで
何度もマラリアにかかっていますが、おかしいな、と思ったら様子を見ずに
即、検査して治療を受けることが軽症で済ませる秘訣だと思っています。

マラリアの検査は指先を針でちくっと刺して出る血液だけで、すぐにわかり
ます(潜伏期間の約12日間のあいだに体中にマラリア原虫が広まるという
ことのようです、恐ろしいですね)。費用も250円ぐらいでできます。
治療薬は1,000円以内で買えます。


スライドガラスに血液を塗りつけて顕微鏡で見る、マラリア検査。最近は
プラスチックの使い捨て検査具に垂らすだけですぐに陽性か陰性か示して
くれるキットが普及してきました

マラリアが日常的なために、事故や病気で輸血しなければならないときは、
輸血を受けた人は同時にマラリア薬も飲みます。献血をした人がマラリア
原虫を持っている可能性が普通にあるからです。余談ですが輸血について
書いておきましょう。日本のように一般人に献血を募るキャンペーンはごく
まれです。普段は、家族が多いアフリカらしく、輸血を受ける患者の家族
から指定の人数分を献血させられます。それを使うという意味ではなく、
ストックに回すのです。家族のいない人は有料で買います。

これも少し余談になりますが、殺虫効果のある蚊帳のことをコンゴ人たちは
皆歓迎したわけではありませんでした。長年かかってもうすっかり普及して
いますが、私が行っている森の村では、その中で寝ると人間も毒を吸って
死んでしまうと毛嫌いしている人たちもいます。それで無料で配られても、
放し飼いされているニワトリやヤギから庭先の野菜畑を守るための囲いに
使ったりと、蚊帳として使われていないことが多いです。


収穫したピーナツを乾燥させるために使われている、殺虫効果のある蚊帳

コンゴの病院事情は、日本の最先端治療とはとても比べ物にならないレベル
です。コンゴでは治療できない病気は、外国に行くしかない、と病院の医師
から言われます。ガンもその一つです。多い搬送先は言葉の通じるモロッコ
やフランス、あと英語圏では南アフリカです。外国に治療に行くには大金が
かかりますから、そこまでできる人はごく一部の富裕層に限られます。
そもそも検査自体も診断も、できることが限られているので、はっきりした
病名もわからぬまま亡くなってしまう人々も多いです。また、医療保険制度
もありませんので、食べていくだけで精一杯の家庭では、病人が出ると
あわてて親戚や知り合いから助けてもらって高い治療費を工面しなければ
ならなかったり、お金が無いために治療をできずに亡くなってしまうことも
あります。かと思えば、外国に行くしかないと宣告された人が自然に元気に
治っていた、という奇跡的なこともあります。

コンゴにも国立大学の医学部がありますが、ロシアやウクライナに留学する
医学生がいた時代もありました。そして近年は、国の奨学金で中米のキューバ
に送り込んだ医学生が多数、勉強を終えて帰国し注目を集めました。それでも
外国から寄贈される高度な医療機器を使いこなせなかったり、新米医師は
まだまだ経験が浅かったりで、なかなか安心できる医療体制ではありません。


薬局は最近、このようにきれいな店構えで美容系商品も売るようになって
きました。夜間専門の薬局もあります

また、コンゴ人の常識として、病気には「病院で治す」ものと「伝統治療
で治す」ものがあります。例えば脇腹が痛むとこれは伝統治療だ、と言って
「ンガンガ」と呼ばれる伝統治療師のところへ行きます。伝統治療はときには
荒治療です。体に少し切り傷を作ってそこへ薬草をこねたものを塗りこんだり、
腹痛には煎じ薬を飲むとともかく嘔吐して悪い物を吐き出すとか、苦しんで
治すものが多いです。傷みを緩和しながら治療する西洋医療とは正反対ですね。

使うのはすべて自然にある薬草や樹皮など、遠くへ探しに行かなければ
ならないものもあれば、身近な雑草も実は薬草だったりします。耳の中が
痛いときにはその辺の、ある草を絞って耳に汁を垂らしていました。不妊
治療の薬草もあります。治療中は食べてはいけないものなど、忌避も多いです。


市場にはこのような伝統治療に使うものを売っている小さなスタンドが並んでいます

伝統治療師はやはり年配の人たちばかりですが、代々伝承されてきた知識
が、今も若い人たちに伝承されつつあるのかは、よくわかりません。
誰しも西洋医療への憧れもあるので、まずは病院に行くものの、治らず、
伝統治療師に行きつくことも多いです。森の村で出会った骨盤を骨折した
女性は、病院に行くお金が無いので伝統治療を始めたが効かない、と
言っていました。私も骨折ならきっちり固定しなければ治らないじゃないか、
と思いましたが、ときには骨折も伝統治療でとてもよくなるのだ、と
別の人は真面目に言っていました。

そして上記のような伝統治療と違った意味の治療、すなわち祈祷もあります。
特に精神科の病気、統合失調症は、100人に1人の割合でかかるほど一般的な
病ということで、コンゴでも見かけられますが、ここでは病気とはとらえられて
いません。「誰かの呪い」が原因と考えられ、祈祷師に「誰」(親族や嫉妬
している第三者など)がそれを引き起こしているのかを見てもらって対策を
講じたり、祈祷で治してもらおうとします。

実際に私のすぐ近所の長男であるまだ当時20代だった青年が数年前にかかり
(私にでも統合失調症ではないかと推測がつきました)、彼のお父さんは
祈祷師にお金を払って治そうと必死でした。人からも祈祷師を紹介される
ので、一人目で治らなかったら次の祈祷師と、ともかく藁をもつかむ思い
でした。お父さんたちは皆、呪いのせいだと信じ込んでいるうえに、偶然
なのか、実は本当に呪いが関係あるのか、家族が長男の治療に気を取られて
いるあいだに、妊娠中の妹が亡くなってしまったり、弟にも統合失調症が
出てきてしまいました。

病院の医師ですら、病院で治す病気と伝統治療で治す病気があると言って
いるぐらいですから、近所の青年のケースは本当に誰かが彼のお父さん一家を
滅ぼそうとしているのではないか、と私も思ってしまうほど不運が続きました。
昨年、青年が祈祷師に言われたとおりに、殺したヤギの内臓を祈祷の準備のため
触っていて突然倒れ、意識不明のまま亡くなってしまったのです。その前まで
自分でお風呂にも入れるし出歩けるぐらい、体は健康だったのにです。
お父さんの落ち込みようはたいへんでした。

私の知らないアフリカの「おまじない的」祈祷はたくさんあるはずですが、
ひとつ、コンゴ人から聞いた話をご紹介します。ロリス科のアンワンティボ
という木の上で暮らす小さな動物(体長25センチほど)の毛皮は不死の薬
に使われます。その皮を使って治療をすると、病気が治るのですが、その後
年老いて寝たきりになって体が腐り始めても、意識がはっきりしていて
話し続け、死なないというのです。体は死に始めているので、もう生きて
いなくてよい、となると、家族が家の裏で誰にも見つからないように、
アンワンティボの毛皮を燃やします。すると亡くなります。ところが
燃やしているところを誰かに見られると、その燃やしている本人が
死んでしまうのだそうです。


ロリス科の動物、現地語でキンカンダ(1)


キンカンダの毛皮

コンゴ人はまだまだこのように医療面でも、自然の恩恵を直接受けながら
暮らしています。それが可能なのは、国土が日本と同じぐらいの面積でも、
人口は600万人と少なく、日本のように流行を追いかけてひとつのものが
大量に消費される、ということは無いからかもしれません。伝統利用は
サステイナブルなのです。

また、平均寿命は65.4歳(2)ですから、70代後半、80代まで生きられたら
もう十分、という感じです。もちろん90代まで生きるお年寄りもたくさん
いますが、現代の安い輸入蛋白源に多脂肪という食生活の影響か、40代や
50代で脳梗塞で亡くなる人も多いです。精神的には日本ほどストレスの
無い暮らしでも、自分でコントロールしにくい生活環境で、コンゴ人は
精一杯生き延びています。

(1) デッサン:John Wolf, Zoological Society of London, 1864
calabar angwantibo
New England Primate Conservancyのサイトより
https://i.r.cbz.jp/cc/pl/gxrx5667/f1hmhnm3fies/imdvi6zs/

(2) https://www.macrotrends.net/countries/tza/congo/life-expectancy

 

萩原幹子
プロフィール
日本で会社員をしながら野生生物保全論研究会(JWCS)など
複数のNGOのボランティアを経て退職後、
2002年イギリスのケント大学で保全生物学修士取得。
2004年から3年半、中部アフリカのコンゴ共和国オザラ国立公園で、
マルミミゾウの畑荒らし問題の調査にたずさわり、そのままコンゴ共和国在住。
現在はフリーランス・コーディネーター、JWCSのプロジェクトスタッフ。
2021年から再びオザラ国立公園でマルミミゾウの畑荒らし問題に関するプロジェクトを実施中。

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