【アジアの動物事情レポート】第3回 インドの動物事情と病院の実状

こんにちは
どうぶつ基金事務局です。

本日は「アジアの動物事情レポート」シリーズの第3弾をお届けします!

アジアの獣医師事情や動物を取り巻く環境についてレポート
してくれるのは、獣医師として動物愛護に取り組む藤田舞香先生。

全3回でお届けしてきたシリーズ最終回の今回は、
インドでの動物に関するリアルな実情を知ることができます。

インドでもシンガポールでも、国をあげての取り組みがなされています。
動物を大切にする、その根幹はどの国でも変わることはないはず。
日本でも動物たちへの取り組みがもっと構築されてほしいと切に願います。
ぜひご一読ください!

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第3回 インドの動物事情と病院の実状

皆さまこんにちは、獣医師の藤田舞香です。
今回は、インド最大の都市ムンバイの動物事情についてお届けしたいと思います。

多様性の国と言われるインドには、いくつもの民族、文化、言語、宗教
などが混在し、地域によって大きな違いが見られます。
さらに、ムンバイには全国から人が集まることで様々な要素が入り混じり、
一つの都市の中にもまた多様性が感じられます。

街は人、車、バイク、オートリキシャ-(簡易的なタクシー)、牛、犬、
猫、商売をしている人、寝ている人、食べ物やお金を求める人、
遊んでいる子ども達、大荷物を運ぶ台車、などが交通ルールなしに
ごった返し、まさに混沌としています。

ボリウッドスターや億万長者たちの超高級住宅街も、世界最大規模の
スラム街も、ハイブランド揃いの巨大モールも、今にも壊れそうな小さな
商店が立ち並ぶエリアも、すべてムンバイです。


世界最高額の豪邸とも言われた私邸


洗濯業を営む巨大なスラム街

人口世界一となっただけあって人の多さはもちろんのこと、動物の多さに
当初は非常に驚かされました。

当たり前に動物に囲まれて生活する現地の人々は、冷たくあしらうことも
なければ、過剰に構うこともない。人間社会の中で「ペット」「地域犬猫」
という形で管理されているのとは異なり、ただそこに複数の種が共存している、
良くも悪くも、そのままそこに存在することを許容されている状態。

人も動物も、みんなが平等に一生懸命に毎日を生きていて、
人間もいち動物であるということを思い出させられるような光景です。


人、車、動物でごった返す街の風景


観光客から奪い取ったラッシーとアイスクリームを頬張るサル

インドには野良牛がたくさんいる、と聞いたことがある方もいらっしゃる
かと思います。インド人の大多数を占めるヒンドゥー教では、生き物を
大事にするという考え方が根本にあり、特に牛は神聖な存在として
とても大切にされています。ほとんどの州では牛肉食や牛の殺傷は
禁じられているため、インド国内で牛肉料理を見ることはほとんどありません。

一方で、乳製品は非常によく好まれ、インドの牛乳消費量・生産量は世界一
となっています。牛を食べないのに乳製品はたくさん摂取するの?と最初は
疑問に思ったのですが、神聖なる牛の乳もまた神聖なものとして好まれる
ということ、菜食主義者にとって重要なたんぱく補給源であるという背景から、
名物のチャイティをはじめ、ラッシーやチーズ、スイーツに至るまで、
インドの食文化に不可欠な存在となっています。

乳製品は大都市ではより高く売れるため、ムンバイにはたくさんの酪農家
がいます。街で見かける牛の多くは、酪農家に放し飼いにされている雌の
乳牛だそうです。乳牛は街を自由に歩き回り、家に帰って餌をもらい、
搾乳され、また街へ繰り出す、といった毎日を過ごしているようです。

一方、乳牛にも肉牛にもならない雄牛は、かつては農業の使役動物として
使われ、牛糞も肥料として再利用されましたが、徐々に機械や化学肥料に
取って代わられてきています。こうして役目のなくなった雄牛や高齢の雌牛は、
多くが街に放たれて野良牛となります。牛を神聖視する行動が、結果的に
野良牛の数を増やし、交通事故や畑荒らしで人も牛も多くの被害を受けて
しまっている、というのは正直皮肉な話です。近年ではこれに対し、
牛保護区で飼育したり、人工授精で雌が多く産まれるように研究したり、
といった対策も行われ始めています。


人に慣れた野良牛

さて、ムンバイで最もよく見かける動物は野良犬で、全国に3000万頭以上
と言われています。人に慣れている子が多く、初対面でもしっぽを振って
寄ってきてくれる子もいてとてもかわいいです。(インドは狂犬病蔓延国
ですので、基本的には動物に近づかない・触らないことをお勧めします。)

しかし、野良犬に関する事故も多発しており、重要な課題となっています。

現在、世界の狂犬病死亡例の36%はインドで発生していると言われています。
また、野良犬による咬傷事故は過去3年で1億6000万件起きており、
犬自身やそのお世話をする人への報復傷害事件も相次いでいます。

これに対し政府は今年、ABC(Animal Birth Control)という規則を
改訂・通知し、野良犬に対するTNRと狂犬病ワクチン接種を義務化しました。
今後、2030年までに狂犬病の撲滅を目指すと宣言しています。

ムンバイは東西を川と海に挟まれた半島であるため、幸い動物の管理が
しやすい地形となっており、複数の民間動物愛護団体により野良犬の管理が
徹底されています。街で見かけるほとんどの犬が、耳カットや耳タグのついた
子ばかりで、子犬、出産直後の母犬、家族連れの犬はめったに見かけません。

施設には常勤獣医師がいて、飼い主がいない動物や貧困層の方のペットの
診察を行っています。またそれとは別に週に3日、外科専門獣医師を招いて
野良犬猫の一斉不妊手術を行っています。TNR後も定期的にリリース先の
場所にチームを派遣し、追加ワクチン接種など健康管理を続けています。

耳カットのある野良犬

近年の経済成長や中所得者層の増加を背景に、インドにも少しずつペットを
飼うという文化が浸透してきています。一般的には、野良犬や保護施設から
迎え入れる形が多いそうです。純血種を希望の場合には、ブリーダーに
直接依頼することが基本で、ペットショップでの生体展示販売はほとんど
見られません。街に増えてきたおしゃれなペットショップでは、主に
フードやペット用品の販売、ブリーダーの紹介を行っています。

トレーニングについてはあまり浸透していないようで、多くの犬が獣医師に
対して攻撃的でした。そのため、大型犬が多いことや、インドの狂犬病リスク
の高さから、診察の際は口輪が必要になるケースがほとんどです。普段
介助犬として働いている子にまで口輪が必要だったのには、正直驚きました。

ペット市場の拡大に伴い、動物病院の数も増えてきて、私の勤務先の病院も
ここ数年で急速に分院を増やしています。

人手不足の日本とは打って変わり、インドは病院のスタッフ数が非常に多く、
細かく分担して贅沢に人を配置できるのが魅力的です。外来担当とは別に、
薬局には薬剤師が常駐し、入院室、隔離室、受付にもそれぞれ専門の
チームを配置し、重症例には1人が終日つきっきりで対応しています。

インドは「感染症の宝庫」と言われていますが、動物も同じく、
症例の多くが何かしらの感染症を抱えています。

危険な感染症症例は隔離室にて専門のスタッフにより管理され、他の動物
との接触がないように徹底されています。狂犬病を含む一部の感染症は、
非常に危険なため一般病院では受け入れておらず、専門施設に集められて
対応しているとのことでした。

日本やシンガポールでは一般的である不妊手術も、インドでは少数派です。
獣医師が手術を勧めても、飼い主が希望しないケースもあるようです。

以前職場の看護師から、「なぜ去勢しないといけないの?人間にそんな
ことする権利あるの?」と聞かれたことがあります。予想外の質問に
正直驚きましたが、単なる獣医学の話ではなく、全てがありのまま混沌と
共存する、それを全て受け入れるインドならではの視点なのかもしれません。

手術室の様子

各国の動物事情を見ていて、動物を大切にする、とひとことで言っても、
それぞれの背景にある社会、文化、経済、宗教、食、気候といった
様々な要素が合わさって、その解釈はこれほどまでに異なるのだと
気付かされました。そして、それぞれ異なるけれど、
根底にある動物愛はきっと変わらないのだとも感じています。
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藤田舞香
プロフィール
小動物臨床獣医師
都内の動物病院、全国各地の動物保護施設で診察や手術を担当
個人ボランティアとして地域猫のTNR活動にも携わる
2020年出雲市犬多頭飼育崩壊救済、2021年地域集中プロジェクト筑後
にボランティア参加
シンガポールの猫専門病院、動物保護施設勤務を経て、
現在はムンバイ(インド)の一般動物病院に勤務

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