【ちきゅう部だより】第4回 国立公園の役割とコミュニティ

こんにちは

どうぶつ基金事務局です。

本日は「ちきゅう部だより」新シリーズの第4弾をお届けします!
長年コンゴ共和国に住んでゾウと人間の共存問題に取り組まれている

萩原幹子さんから届くお話。

今回はコンゴの国立公園についての実情を知ることができます。

日本の国立公園は居住地ではなく公園として存在していますが、
コンゴでは違います。そこに住む村人たちがいます。

ゾウの畑荒らし対策と同様、いかに共生していけるかが非常に重要です。

実際にどのような取り組みがなされていったのか。ぜひご一読ください。

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第4回 国立公園の役割とコミュニティ

前回までコンゴ共和国のオザラ・コクア国立公園周辺でのマルミミゾウによる
畑荒らし問題のことで、たびたび「国立公園当局」について触れてきました。
今回はその公園当局とはどういう存在なのか、現地のコミュニティと
どのようにかかわっているのか、コンゴの例をご紹介します。

国立公園とは、特定の自然環境や生物多様性を保全しつつ、人間が教育、
観光・レクリエーションに利用することで地域経済に貢献できるよう指定される
区域です。国立公園というのは一つの形で、他にも目的や制限によって複数の
「保護区域」のカテゴリーがIUCN(国際自然保護連合)で定められています。

日本には全国に34か所も国立公園があるそうですが、環境省が管理したり
国内の団体に管理を委託したりしています。アフリカの場合は、国立公園などの
保護地域は国の法律で定められているものの、多くの場所で、管理には国際的な
保全NGOなどが関与しています。

環境保全のNGOには、世界のあちこちの国に支所があって、各地でそして
グローバルに活動を行う国際NGOがあります。代表的なものが、皆さんも
よく聞くことがあるWWF(世界自然保護基金)でしょう。アメリカが本部の
ワイルドライフ・コンサベーション・ソサエティ(WCS)も有名です。
こういった国際的NGOは、現地政府だけでは賄えない公園管理の費用や
専門知識でもって、世界的にも重要な自然環境を保全することに貢献しているのです。

また、国境をまたいで保全すべきゾーンを制定するイニシアチブを取って、
各国政府と調整することもできます。コンゴの北部にも、コンゴ、カメルーン、
中央アフリカの三国にまたがる保全区域のプロジェクトがあります。

オザラ・コクア国立公園の場合は、1935年、まだコンゴがフランスに占領
されていた時代(1960年に独立)に保護区域に指定されました。制定時の
詳しいことはわかりませんが、現在年配のンボモ村の住民によると、
1992年にEU(欧州連合)がプロジェクトを始めるまでは、森林省の職員が
少し駐在していただけだそうです。


コンゴ共和国と周辺の自然保護区:オレンジがオザラ・コクア国立公園、
緑は他の保護区(アフリカン・パークス提供)


オザラ・国立公園の周辺に点在する村(アフリカン・パークス提供)

1992年に始まったのは、ECOFAC(エコファック)、「中部アフリカ
森林生態系の保全と適切な利用計画」というプロジェクトでした。
ヨーロッパ人のプロジェクト責任者、ロジスティック担当者、そして首都圏から
森林・野生生物管理を大学で勉強したコンゴ人の若者などが採用され、森林省から
公園局長や職員たちも赴任してきました。公園事務所・職員の住宅をはじめ、
公園内の数か所にパトロールや観光の基地を作るため、木工所、車両整備所など
インフラ整備の施設も建設されました。現在当たり前のように使われている、
ンボモ村から公園内32キロの場所にあるンボコという基地・観光ロッジまでの
道路すら、当時はなかったのです。多くの村人たちが大工仕事やレンガ製造、
木工などの技術を学んだり、工事に雇われたりしました。そして密猟対策のために
レンジャーたちが雇われ、公園内のパトロールも始まり、モニタリング・チームは
公園内の動植物のデータ収集を始めました。


何もなかった国立公園の中に資材を運んで建てた事務所と職員用住居

銃、食料、テントなどを持って森にパトロールに出るエコガード(レンジャー)

国立公園の自然、生物を守るためには、森を日々利用している現地住民の理解と
協力が不可欠です。プロジェクトを始めるにあたって、ンボモ村や周辺の村落の
住民たちは、「保全」に巻き込まれることになりました。
村人の主なたんぱく源は野生動物の肉で、それまでは、規則はあっても狩猟を
厳しく取り締まられることはなかったのです。それが、禁猟期間を守ったり、
保護対象種は狩猟してはいけなくなったり、動物を仕留める罠は没収されたり、
といろいろ制限されるようになりました。そのかわりに、プロジェクトでは、
コミュニティ・デベロップメントが約束されました。学校や病院の整備、
家畜や魚の養殖といった狩猟に代わるたんぱく源・収入源を得る活動、
養蜂によるハチミツ生産、観光による収入などです。

このように書くと、とても良いことのように見えますが、実際はそう簡単にうまく
いくものではありません。やったことのない活動を、村人が続けられるのか。
続けられませんでした。たとえば養豚は、ブタが育つまで餌をやり、待たなければ
なりませんが、イノシシの肉は森に入って狩猟すれば簡単に手に入ります。
昔から今も行われているのは、地鶏の放し飼いや、ヤギの放し飼いです。
数が多くなると盗まれたり近所に迷惑をかけたりするので、数は多くありません。
生計のためというよりは、祭事の際に食べられるのみです。魚も養殖池は
作られましたが、餌をやって稚魚から育てなければなりません。一度魚を
捕ってしまった後は、稚魚を入れませんでした。水位の下がる乾季に森の中の
小川に入り、堰き止めて魚をすくうという方法で村人は魚を食べています。


小規模に養豚をやっていた村人


森の中に作られた養殖池も長くは続かなかった

魚を生け捕りするために、森の中の小川を堰き止めている女性たち

学校も病院もありますが、へき地にあるために教師や医師が不足しています。
病院といっても検査機器も無いので、手に負えない病気になったら、65キロ
離れた町に出るか、そこもたいしたレベルの医療ではないため、さらに
200キロ離れた町に行かなければなりません。

しかも移動には道路の問題がありました。首都から約800キロ離れた、
コンゴ盆地の一部をなす大熱帯林地帯の一部です。大雨が降ると道は雨水に
どんどん削られ、四輪駆動の車でも通行が難しくなるほど傷みます。
すると町に出たり町から物資を運んだりするのも困難になります。
本来プロジェクトが定期的に道路整備をすべきだったのでしょうが、なされずに、
私が初めて行った2003年ごろはアクセス道路はひどい状態で、車もよく
故障していました。当時、村人たちの一番の願いは、道路整備でした。
キャッサバ芋のちまきを作るのに使う葉が森でいくらでも採れるのに、
売りに出ることもできない、と嘆いていました。(近年は他の国際機関や
村出身議員などのおかげで、比較的道路が整備されています。)

車がすれ違うのも困難なアクセス道路(2004年当時)

観光も、ケニア、タンザニアなどサバンナのサファリのように観光客が多くは
来ません。首都からのアクセス道路が悪いため、チャーター機で直接公園内に
来るとなると、ツアー料金が非常に高額になってしまいます。また、サバンナ
のように次々と動物が見られるわけではなく、森や川の中からたまに姿を現わす
動物に会うという、動物に会える頻度の低いものです。また観光客は公園内の
ロッジだけで、村には滞在しないので、観光によるメリットも村人にはほとんど
目に見えないものです。

それでも、私が最初にいたECOFACの時代には、公園当局と村人たちはときには
衝突がありながらも、職員も村人もまじわって暮らしていました。ところが
南アフリカに本部のあるアフリカン・パークスというNGO(アフリカ11か国で
19の国立公園を管理している)が2010年に管理を始めてから、様子が違っていました。

公園事務所の区域は柵で囲われ、中には多数の白人スタッフや首都圏から来た
スタッフが勤務・居住し、休憩時間にビールを飲みに外に出てきたりするだけで、
村人たちとはほとんど交流が無いようでした。

国立公園の組織には密猟対策部門、モニタリング・調査研究部門、コミュニティ
開発部門、ヒトと動物のコンフリクト部門、ツーリズム開発部門があります。
コミュニティ開発部門では、子どもたちに環境教育となるイベントを行ったり、
村人たちに菜園をする援助をしたり、アフリカ独特の柄の布地でお土産を作る
教室を開いたり、食材にされている森で採れる実をきちんと商品化したり、といった
収入源を創り出す活動をしています。ところがせっかくいいことをしていても、
ゾウによる深刻な作物被害への有効な対策を取れていないために、国立公園は
村人たちから敵視されてしまっています。しかも村人たちにとって最も重要とも
いえる、雇用の問題も、公園当局は軽視していたようです。昨年、まだ定年には
数年残っている十数人のベテラン職員を強制的に同意退職させるという問題が
発生したと思ったら、村人には求人の告知も無く多数の新人職員が首都圏から
雇われてきたのです。これにンボモの村人たちは怒り、公園スタッフに出て行って
くれとデモを行いました。ゾウによる畑荒らしのために農業をやる気にならず、
学業も中断してしまって日銭を稼ぐようなことしかしていない、失業状態の若者が
たくさんいるのです。雇用問題については、ンボモ村だけではなく、国立公園の
北部の一帯でも問題化しています。そこでは数十人の採用されたエコガード
(レンジャー)のうち、地元住民の採用枠を守らず首都圏から多数入れたことで、
郡知事まで出てきてパトロール活動を締め出すボイコット状態が発生しました。

昔からいつも村人たちが最も怒る原因は、「保全」を受け入れた地元の住民たちの
権利が無視されること、そして外部からやってきた人たちが、地元住民以上の利益を
受けることなのです。ECOFAC以来30年経つのに、電気も無いし仕事も無いし、
自分たちの生活は何も良くなっていない、それなら公園のために来たよそ者には
出て行ってもらいたい、自分たちで管理するのみだ、とまで言っています。

私はずっと村人たちの中で過ごして仕事をしてきましたので、彼らの言い分は
もっともで、どうしてなかなか状況が良くならないのかと思っています。
日本人だと当たり前のように、いつもどうしたらよくなるか、と考えながら
仕事に取り組みますが、アフリカではまだまだ仕事は「お金のため」にやっている
人々が多いのも事実です。たとえばコミュニティ担当と言っても、村人たちと
普段から交流せず、ずっとオフィスにいて計画して実施するだけでは、良い結果が
出ないのも当然です。ある公園職員で、やる気のあるコミュニティ担当の青年は、
最初公園の敷地内の住宅に住んでいましたが、2年目に村の中の借家に住み
始めました。こういう姿勢の職員が増えれば、公園管理ももっとうまくいくのでは
ないかと思うのですが、なかなか簡単ではありません。

そこでJWCS(NPO法人野生生物保全論研究会)では、小さなことでも、
私たちにできることからと、公益財団法人自然保護助成基金の協力型助成を受けて
2022年から、「若者たちによる野生動物と共存する村づくり」と題した
プロジェクトに取り組んでいます。国立公園とではなく単独で、村にいる郡知事、
村の長老、各地区長たちに説明して賛同してもらい、村を活気づけられる活動を
企画し実施しています。

1)農業:ゾウの被害にあうリスクの低い、3か月で収穫できて現金化できる作物を植える、
2)観光客へのお土産になるような美術品を作れることを目指し、中学校で絵画教室の開催、
3)同じく観光客へ売れるように、ハチミツをたくさん生産するための養蜂家養成塾、
の三つです。

村の慣習では他人と協働するよりも、家族単位で継続、広がっていくことの
ほうが現実的なので、少しずつ活動が根付いていき、「国立公園の村」である
メリットを村人たち自身で享受できるようになってくれ、野生生物と共存できる
ことを目指しています。

絵の具を使って絵を描く機会すらほとんど無い中学生たちが絵画に挑戦

JWCSの活動紹介サイト:
https://i.r.cbz.jp/cc/pl/gxrx5667/q7twu2e3aibz/q9vgl1k0/
 
参考サイト:
IUCN 保護地域管理カテゴリー適用ガイドライン
https://i.r.cbz.jp/cc/pl/gxrx5667/z5lxr8i0svh7/q9vgl1k0/

萩原幹子
プロフィール
日本で会社員をしながら野生生物保全論研究会(JWCS)など
複数のNGOのボランティアを経て退職後、
2002年イギリスのケント大学で保全生物学修士取得。
2004年から3年半、中部アフリカのコンゴ共和国オザラ国立公園で、
マルミミゾウの畑荒らし問題の調査にたずさわり、そのままコンゴ共和国在住。
現在はフリーランス・コーディネーター、JWCSのプロジェクトスタッフ。
2021年から再びオザラ国立公園でマルミミゾウの畑荒らし問題に関するプロジェクトを実施中。

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知ることは、アクションの始まりです❣
https://i.r.cbz.jp/cc/pl/gxrx5667/adw2cxmro0h6/q9vgl1k0/

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