【ちきゅう部だより】ちきゅうのはじっこで考える vol3

こんにちは、どうぶつ基金事務局です。

本日は「ちきゅう部だより」の第3弾をお届けします!

アウトドア&通訳ガイドの青崎涼子さんが
素敵な写真とともに語ってくれる旅のお話は、
まるで自分がその場にいるような臨場感にあふれています。

今年は、日本でもよく熊の出没が話題になっていました。
熊と人間は本来ばったり出会うべきではないのに、
不幸な遭遇によって、時に熊の命が人の手によって奪われます。

自然と動物とヒトの共存は難しい、だからこそよく考えてみたい。
ところ変われば事情も変わります。
多面的な世界の話、ぜひご一読ください。


みなさん、こんにちは。
世界の辺境地を旅するガイド、青崎涼子です。

2022年も、画面上ではありますが、「ちきゅうのはじっこ」で出会った、
さまざまな場所へとご案内できるよう頑張ります。
 

イベリア半島、ピレネー山脈

さて今日は、ヨーロッパのピレネー山脈をご案内。

ピクドミディ展望台からピレネー山脈をのぞむ

ピレネー山脈に足を踏み入れたのは、2010年。
ほとんど何の知識もなしに、仕事で訪れたのですが、
山並のどっしりとした美しさはもちろん、谷ごとに異なる山容、
またその谷の中での人々の暮らしぶりに、一瞬で魅せられてしまいました。

それから毎年、短い夏の間、1ヶ月間、時には2ヶ月と、
麓の小さな村にアパートを借り、旅人以上、住人未満として滞在しながら、
土地の人々と知り合い、話を聞き、共に食卓を囲み、無数にある
トレイルを歩き回ってきました。

ええっと、ピレネー山脈ってどこだっけ…?、
と思われる方も多いかもしれません。

マッターホルンやモンブランを抱えるアルプス山脈に比べると、
ぐっと知名度の低い場所ですからね…ですが、
実は、イベリア半島の付け根、東は地中海から、西は大西洋まで、
長さ430キロを走る大山脈です。

北にフランス、南にスペイン、
さらに山に囲まれた、小豆島ほどの小さな国、アンドラ公国を有します。

出典googlemap

北斜面のフランス側は、
しっとりと湿気があり、ブナやモミ林が広がり、緑の濃い森。

一方で南斜面のスペイン側に行くと、
いつも太陽が照りつけ、カラッとした、ドライな山肌。

時間が止まったかのような静かな村には、
11、12世紀のロマネスク様式の素朴な教会が佇んでいる。

西の大西洋一帯は、バスクの文化が色濃く残り、
東の地中海にいけば、葡萄畑広がる温暖で青い海が印象的。

場所により、谷により、全く違う表情を持つこの場所は、
数回足を運んだくらいでは、到底味わい尽くすことはできません。

フランス側は緑が濃い

地中海側のカダケス半島は、ダリなどフォービズム派の画家たちが魅せられた場所

ボイ渓谷。山のなかに中世ロマネスク教会がひっそりと

最高峰はスペインに位置するアネト山3404m。
その周囲に3000m級のピークがぎゅぎゅっと35峰、
そこから流れ出る19の氷河を抱えている、
ダイナミックな景色広がる地域です。
(温暖化の影響で、これらの氷河は2050年には全て消滅するだろう
と言われていて、なんとも切ないです。あと30年!)

アネト山と氷河を眺めながら歩く

ピレネーは、最近ようやく注目されてきたのか、
日本からのハイキングや観光ツアーもここ10年でぐっと増え、
また、BSテレビの旅番組などで紹介されているのも時折目にします。

「落差430m ガバルニーの大滝と圏谷」
「ヨーロッパ最大の峡谷、オルデサ国立公園」
などの風光明媚な景色は目にしたことがある方もいらっしゃるかもしれません。

ガバルニーの圏谷

オルデサ国立公園、峡谷の上を歩く
 

世界文化遺産としてのピレネー

壮大な山々、氷河、滝、圏谷、峡谷…。
これらが織りなす景色は、ユネスコ世界自然遺産に指定されてます。

まあ、美しい大自然を目にすれば、それはそうだろう!
という感じで納得ですが、世界遺産には「自然遺産」「文化遺産」と
2種類あり、ここピレネーは、自然遺産だけでなく、文化遺産としても
二重に登録されている稀有な場所です。

理由は、牛飼い、羊飼いの文化がまだしっかりと残っていること。
山、森に加え、牧草地や牧場があることも、ピレネーの景色の一部、
重要な要素です。

山を歩いていると、山頂を目指すルートの他に、
昔から羊飼いたちが通ってきた峠道、
村から村へとつながる道が多いことに気づきます。

山の中で羊飼いとすれ違う

牛や羊が、広い自然の牧草地で思い思いに草を食み、
遠くまで響き渡るカウベルの澄んだ音色。

夏の爽やかな風が頬を撫でるのは気持ちいいけれど、
遠くに牛糞の匂いも混じっているような複雑な香り。

これが私が思うピレネーの山の中の夏の典型的な光景です。

ちょうどそれは、子どもの頃によく見ていた、
「アルプスの少女ハイジ」の世界で、山道を歩いていると、
丸いチーズと黒パンを食べているハイジが、ひょっこり、
岩の陰から顔を出すのではないかというような錯覚に陥ります。

自然と人とが長く共存してきた場所(写真はアンドラ)
 

6月に出会える羊の大行進

羊や牛は1年中、山の中にいるわけではありません。
寒い冬、地面が雪で覆われる冬の間は、村に降りて、羊や牛も、
暖かな家畜小屋で飼われています。

山の雪が溶け、暖かくなる初夏になると、麓の村から牧草を求めて山に上がり、
夏の間、徐々に場所を移動しながら、山の中で暮らします。

従って、6月に運が良いと出会えるのが、羊たちの街中大行進。

フランス語で「Transhumance・トランジュマンス」と呼ばれる、
移牧の光景は、なかなかに壮観です。

朝、夜も明けきらぬうちに、宿の目の前の通りから、カランカラン、
ガランガラン、と賑やかな何層もの鈴の音が聞こえてきます。

眠い目を擦りながら、バルコニーに出てみれば、真下の通りには、
カウベルならぬ、大小のシープベルを首にぶら下げた羊たちが、
道路いっぱいに広がっての山へ向かう姿を目にできます。

早朝、山へ向かう羊の群れ

朝だけでなく、日中に、このトランジュマンスの行進に出会うことも。

この時期は、羊に占拠されての「羊渋滞」は、覚悟しなくてはなりません。

クラクションを鳴らして退いてもらえるような数でもなく、
全方位を羊に囲まれてしまったら、大集団が通り過ぎるのをただ待つしかない、
でも旅行者にしてみれば、出会えたらちょっと楽しい渋滞です。

初夏名物、ひつじ渋滞

今でも残る羊飼いの文化、それを一番味わえる初夏のトランジュマンス。
その羊大移動日に、参加させてもらったことがあります。

6月の晴れた日曜の朝、町外れの羊小屋に、家族親戚、ご近所さんが一堂に集まり、
半日かけて、100匹ほどの羊を、10キロ奥の山の中に移動させます。

前にベレー帽を被り杖をもった大人たち、そして青赤の背中が目印の、
この家の羊の群れがギューギューと。

その中を、数頭の小型牧羊犬が機敏な動きで前後に走り回り、
羊隊列を崩させません。

最後尾に、御近所さんたち、そして子どもも、ピレネー犬と一緒にトコトコと。

ゴール地点には、夏用の小屋があり、
一仕事終えた後は、初夏の気持ち良い太陽を浴びながら、
ワインをあけ、チーズを片手に、おしゃべりがはずみます。

なんだか日本の田植えを思い出させる1日でした。

トランジュマンスを終えてほっと一息
 

ピレネーの熊と羊飼い

こんな平和な羊飼いが暮らすピレネーで、度々話題にのぼるのが、
「熊は必要なのか」問題です。

2010年、ピレネーを訪れた当初、
アラスカでヒグマに怯えながら歩いていた私が最初に聞いたのは、
「ここには熊はいるの?」でした。

地元の友人は、こう説明してくれました。

「うーん、いるといっていいのかなあ。元々ヨーロッパには、
どこにでも熊はいた。だが、羊飼いにとって、山の中に放牧している家畜を
襲う熊は天敵だ。ハンターによってどんどん駆逐が進み、
とうとうヨーロッパの中では、ピレネー山脈にしかいなくなり、
そのピレネーの熊たちも、数えるほどしかいなくなってしまった。

1990年代、政府が熊の絶滅を危惧し、また、熊がいないことで、
微妙なバランスの上に成り立っている生態系が崩れ始めていると警鐘を鳴らした。

その後、個体数を増やそうと、スロベニアから数頭の熊が、何度か空輸され、
今はまた増えつつある。だけど羊飼いたちは、その政策に大反対で、
しょっちゅう抗議活動をしているんだよ。まあ、全体としての数は
とても少ないので、山の中歩いている間に出会う心配するほどではないよ」

中世からずっと続いてきた羊飼いの文化。
生態系ピラミッドの頂点に君臨する熊。

自然と人間が持続可能な形で共生していく難しさを思う話です。
トランジュマンスに参加させてもらい、羊飼いの人々の暮らしを、
少しとはいえ垣間みた私にとって、
大切な家畜が襲われては大変と思う彼らの気持ちはわかります。

一方で、アラスカの手付かずの大自然のなかで、
悠々と生きている熊の美しい姿も知っており、
微妙なさじ加減で成り立つ、バランスのとれた生態系の奇跡も。

ピレネー山脈が、まだそれだけ大きな自然を有しているというとしたら、
地球に残された貴重な場所です。

皆がハッピーになるって難しい。

どちらかが正しくて、どちらかが誤っているといった、
単純な問題ではないので、私の中でも答えはでません。

ですが、正義と正義がぶつかりあうとき、少なくとも
多角的な視点で物事をみられる柔軟さは持っていたいと思います。

勝手ではあるけれど、できればどちらもずっと続いてほしい、
ピレネーの羊飼いと熊の物語でした。

<文、写真とも 青崎涼子>


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