【ちきゅう部だより】ちきゅうのはじっこで考える vol2

こんにちは
どうぶつ基金事務局です。

本日は新シリーズ「ちきゅう部だより」の第2弾をお届けします!

世界中を旅するアウトドア&通訳ガイドの青崎涼子さんの旅の語りは、
まるで自分も近くで体験しているかのように臨場感が感じられます。

年の瀬のせわしい時期ですが、可愛い!と癒されるひとときをお過ごしください。
そして来年は、この可愛くて美しい動物を守るため
自分に何ができるかを考える1年にしてみませんか?

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ちきゅうのはじっこで考える vol2:アザラシの赤ちゃんと気候変動

みなさんこんにちは。
「ちきゅうのはじっこ」ガイド、青崎涼子です。
今日は、2020年2月のカナダ旅をふりかえります。

コロナ騒動直前の、今思えば、最後の海外となった旅でした。
旅の目的は、その写真を目にしたら、
その可愛さに誰もが笑顔になってしまうような、
愛らしい竪琴アザラシの赤ちゃんに出会うこと。
生まれたてのアザラシ赤ちゃんに会いに行く

白くてふわっふわでつぶらな瞳。
この姿をみて、笑顔にならない人がいるでしょうか?

いやでも、北極に近い氷の上の野生動物なんて、
動物写真家とか研究者とか、特殊な専門家でもないと…と思いがちですが、
実はここは、「行くぞ」という意志さえあれば、まあ、かかる時間や費用、
天候不良での飛行機欠航やら、気にかかる部分は少なくないですが、
それでも、普通の観光客が行ける場所なんです。

現実の海外旅行が遠のいてしまっている昨今、
今日はこのアザラシを見に、机上バーチャル旅にご案内します。

アザラシに出会う旅へ

行き先は、カナダの東のはじっこ、時期は2月末

向かうのは、カナダの東に位置するケベック州、
人口1万3000人ほどの小さな島、「マドレーヌ島」。
五大湖の江口、セントローレンス湾の中にある小さな島で、
赤毛のアンで有名なプリンスエドワード島の北に位置しています。

日本からは、カナダ東海岸の都市トロント経由でケベックシティまで行き、
まず一泊。翌日、小さな飛行機に乗り換え、
途中数カ所に立ち寄りながら乗ること数時間、ようやくマドレーヌ島へ。

決して近くはないけれど、毎日定期便が飛んでいるので、
それほど難しい旅程ではありません。
島にあるホテルに数日間滞在し、このホテルが主宰する、
「アザラシ観に行こうヘリコプターツアー」に参加すれば良いのです。

マドレーヌ島はここです( google mapより)

尚、出発日に選択肢はありません。2月の末から3月頭の2、3週間。
毎年、竪琴アザラシの赤ちゃんが生まれるのは2月末と決まっています。
私のスケジュールでなく、動物のスケジュールに私があわせる。
これが動物観察ツアーの基本です。

通常、北極周辺にいる親アザラシは、2月末になると、
流氷が多くあるセントローレンス湾に降りてきて、
出産、2週間の子育てをし、また北極へと戻っていく。
つまり、マドレーヌ島近辺の流氷は、この時期「アザラシ保育園」になり、
我々はその様子を見ることができるというわけです。

セントローレンス湾に流氷がやってくる

ただ、残念なことに、
昨今の気候変動のため、流氷がこの辺りまで下りてこない、
または氷がヘリコプターが着陸できるほどの厚さにならなず、
プログラム中止になるケースが増えてきています。

最近では、
2016-18年は、途中からまたは最初からプログラム自体が中止になりました。
翌2019年は良い感じに氷が張ったものの、
私が出かけた2020年は、再び出発ぎりぎりまで氷が張らず、
プログラムが実施されるのかされないのか、ヒヤヒヤさせられました。

今年、2021年も、1969年からの観測史上、最も少ない海氷しか
張らなかったようで、アザラシはマドレーヌ島から550キロも先に現れたと、
ナショナルジオグラフィックが報じていました。

我々人間が、ふわふわの可愛い赤ちゃんを見られないだけなら、
ただ残念なだけですが、氷が張らないために、予定の子育てができず、
赤ちゃんが、捕食者に食べられてしまったり氷に潰されてしまったりと、
うまく育てなくなっているという事実には、胸が痛くなります。

長旅を経てようやく到着、ホテルの看板で、翌日のアザラシツアーに期待高まる

そして氷に降り立つ

「アザラシ保育園」がある流氷地帯は、島から数十キロ先の海。
ここから先は、ホテルの庭先にあるヘリポートから、
7人乗りのヘリコプターで移動します。

最初に「天候不良」が問題で、と書きましたが、冬はブリザードの季節。
日本の夏の台風のように、嵐がやってくることも少なくありません。
残念ながら、視界不良、強風では飛べないのがヘリコプター。
滞在している4日間の間に、天気は落ち着いていてくれるのか、
ちゃんと予定通り飛んでくれるのか、マドレーヌ島到着後も、
ぎりぎりまでヤキモキさせられます。

嵐も多いこの季節、このように天候が荒れるとヘリは飛べません。
こうなると、私たちができることは何もない。静かに部屋で本を読むべき1日。

こういう大自然を相手にしていると、どれだけ祈ったって、
お金を積んだって、こちらの思い通りにならないことは、少なくありません。
予定がうまくいかない度に、胃が痛くなりつつも、そのどうにもならない、
コントロールできない部分は、
「人間が自然の中にお邪魔している」という事実を思い出させてくれて、
謙虚であることを学ぶ良いレッスンでもあるように感じます。

ヘリが無事飛びますようにと祈る朝

さて翌日。
我々が搭乗予定していたヘリコプターは、朝一番出発の便。
そわそわと気持ちが落ち着きません。
天候は午前中は晴れで、風も穏やかな予報でした。

まだ暗いうちにコーヒーとマフィンの簡単な朝食を済ませ、
防寒具兼救命胴衣であるオレンジ色のつなぎである、
ムスタングスーツと分厚いブーツに身を包みます。
首からカメラをぶら下げ、
氷点下の温度では消耗が激しいであろう電池の予備をポケットに入れ、
朝日で海がオレンジ色に染まる中、ヘリに乗り込みます。

ムスタングスーツに身を包み、いよいよ搭乗

7時ちょうど、日の出とともに、ヘリは上空へふわりと浮きました。
小さなガッツポーズ。
数十キロ先に「あるであろう」流氷と、アザラシ母子を探しに、ヘリは飛び続けます。

流氷は、海の上を浮いているので、前日にあったからといって、
同じ場所にそのまま浮いているとは限りません。
常に移動し続けています。

「うまくいけば30分で到着」と言われていたのに、
40分たっても、50分たっても、ヘリコプターは上空を旋回しながら、
目的の流氷を探し続けます。
私もずっと窓から下を探しますが、それらしいものは見つかりません。

ヘリコプターより流氷を探す

あれ、ここまで来て、もしかして見つからないのか…
とヘリに揺られる皆の心に暗雲が乗り上げた頃、
パイロット同士、無線で交信を始めました。

ようやく、着陸できそうな流氷が見つかったようです。
徐々に高度を下げ始め、7時55分、流氷へ着陸。
いよいよ何年もの夢であるあざらし赤ちゃんとのご対面です。

着陸したときの高揚感、思い出すと今でも心がざわつきます

ツルツルで平らだと思っていた流氷の上は、
意外とささくれだっていました。
足元を掬われないよう気をつけながら、呼ばれる方向に歩いていくと、
まだ生まれたて、黄色い赤ちゃんが、ぽてりと氷の上に転がっています。

この日は2月24日。
シーズン始めなので、ほぼ、生まれたての赤ちゃんたち。
体長は80cmほどでしょうか。
すぐ近くにまだ氷の上に胎盤が落ちています。

目がまだよく見えないらしく、キューキューと鳴きながら、
匂いで母親を探しているのだと、
パイロットがヘリの中で話してくれたのを思い出します。

アザラシ母子

驚かせないよう、距離をとって息を潜めていると、
前足を上手に使って、氷の上を前進してこちらに向かってきました。
コロコロ、ふわふわとした物体、さらに、
まん丸でつぶらな瞳で見つめられ(まあ見えていないのでしょうが)、
その可愛さにメロメロです。




母子の時間にお邪魔します

100m先では、ママにミルクをもらう赤ちゃんの様子。
お母さんが子供を見る目は、人間もアザラシも同じでした。

授乳の時間

360度、見渡す限り氷の世界

「出発するよー」。
パイロットに何度か声をかけられ、ヘリコプターに戻ります。

ああ、もっとずっと居たい、見ていたい…と、かなり後ろ髪引かれながら、
マドレーヌ島に戻ったのでした。
(尚、このツアーは、初回の人が優先されますが、ヘリコプターに空きがあれば、
その後も、追加オプションで氷上に飛ぶことは可能です。
毎日2キロずつ大きくなり、日に日にコロコロと丸く表情豊かになっていく
赤ちゃんに出会いに、2度3度と飛ぶ参加者も多いです)
 

厳しい自然が魅せてくれる他の景色も出会う人も

アザラシの話ばかりになりましたが、
マドレーヌ島の楽しみは、これだけではありません。

ホテルには、地上アクティビティ担当の女性シンディが、
様々なアクティビティを用意してくれています。

地元の蟹漁師さんに、氷上ワカサギ釣りを指南してもらったり、
灯台まで夕日を見に行ったり、朝日ポイントに連れていってもらったり。

夕日が景色をパステル色に染め上げた

海岸に流氷が押し寄せて

氷点下10度の、キーンと澄み切った冷たい空気の中現れる、
朝や夕方の光が作り出す海の色合いは、人間には作り出せないアート作品。
一瞬一瞬、色味が変化していき、目が離せません。

朝日が染める海の色は幻想的でした

私たちはつながっている

私は東京の街中で育って、今も生活しているので、
普段の生活と、自然がリンクすることは、あまりありません。

水は蛇口を捻ればでてくるし、
トイレはボタンを押せば流れる。
冷蔵庫を開ければ食べるものは潤沢にあるし、
壁のスイッチを押せば電気が点く。

エアコンのリモコンを触れば、涼しくも暖かくも、
自分の快適な温度にするのは自由自在。

「地球温暖化」「気候変動」と言われて、
まあ、最近の夏は暑くて閉口するなあとは思っても、
街での暮らしは、文明で強固に守られているからでしょうか、
その不都合さから耳を塞ぐのも、不便さから逃れるのも、
実に簡単な場所で生きています。

一方で、地球の端っこでは、
変化は目に見える形で現れ、影響がじわじわとやってきています。

氷河は目に見える速度で後退し、流氷の流れ方も変わってしまった。
アザラシは子育ての場を失い、
マドレーヌ島の人たちは、糧である観光産業が成り立たなくなり、
生活自体が変わっていっています。

自然がずっと身近にあり、地球の声も聞こえてきやすい場所。
マドレーヌ島で生きる人々、興奮とともに降り立った流氷、
そこで出会ったアザラシの赤ちゃんのつぶらな瞳。

東京で、
1日300万人が乗降する新宿駅のホームで電車を待つ私と同じ時間、
地球の裏側、カナダの小さな島では、
アザラシたちが氷を探して移動していると思いを馳せる、
想像できるようになるのは、
こういう場所へ旅した後の、大きな財産だと思っています。

アザラシ親子も同じ地球上で生きている

きっかけをくださった写真家、小原 玲さん

最後に、動物写真家の小原玲さんのことを。

そもそも、私がこのアザラシ赤ちゃんに興味をもったのは、
2005年、小原例さんが撮ったアザラシの写真を目にし、
著書「アザラシの赤ちゃんに出会う旅」に出会ったのがきっかけでした。

アザラシと小原さん

報道写真家としてスタートした小原さんですが、
週刊誌に載せる戦争の写真より、人の心を癒し、笑顔になってもらえる
赤ちゃんアザラシを撮ろうと、動物写真家に転向され、その後、
竪琴アザラシ写真の第一人者として精力的に活躍されていらっしゃいました。

冬になると毎年マドレーヌ島に渡り、撮影を続けていらっしゃる小原さんは、
私たちの訪問中も、気さくに話かけてくれ、
アザラシの生態や撮影の仕方を教えてくださりました。

夕食をご一緒していたときにおっしゃった一言が心に残っています。

「最初は可愛い、でいいんじゃないかな。
地球温暖化とか大上段に構えて小難しいこと言うよりも、
本当の最初のステップは、
こんな可愛い生き物がこの地球にいるんだって気付いて、
心が動かされれば、それが希望の第一歩になるになると思う」

最近は、アザラシに会えない年も増えてきたからと、
北海道の小さく可愛らしい白い鳥、シマエナガを
精力的に撮影されていらっしゃった小原さんですが、
この11月、病気でお亡くなりになったと伺いました。
心からご冥福をお祈りするとともに、彼からのメッセージを再度、
しっかりと受け止めて、生きていきたいと思います。

この可愛らしい赤ちゃんも、同じ宇宙船地球号の一員!

<文、写真とも 青崎涼子>

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あなたのご寄付が、地球を守ります。
知ることは、アクションの始まりです❣
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