【アジアの動物事情レポート】第1回 海外で働く獣医師

こんにちは
どうぶつ基金事務局です。

今回お届けするのは新シリーズ「アジアの動物事情レポート」です!

アジアの獣医師事情や動物を取り巻く環境についてレポート
してくれるのは、獣医師として動物愛護に取り組む藤田舞香先生。

獣医師目線で見た日本と他のアジア諸国での動物事情の違いとは?

全3回でお届けします。ぜひご一読ください!

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第1回 海外で働く獣医師

皆様こんにちは、獣医師の藤田舞香です。

以前に一度、島根県出雲市での多頭飼育崩壊救済現場よりリポートを
書かせて頂きました。あれから3年近くが経ち、コロナショックもあって、
生活が大きく変化した方もいらっしゃるのではないかと思います。

私はといえば、ご縁あってシンガポールに移住、その後さらに
インド西海岸にあるムンバイという都市に移住し、現在に至ります。
この度は改めて機会をいただきまして、海外での私の働き方や、
現地の動物事情等について、皆様に共有させていただけることとなりました。

初回となる今回は、「海外で働く獣医師」という目線でお話して
いきたいと思います。


緑あふれる大都会、シンガポール


インドの観光地にて たくさんの野良犬、牛が闊歩している

私はもともと動物愛護の分野に興味があり、動物保護施設での勤務を
希望していたため、入国後すぐに就職活動を開始しました。
就活といっても、コネも土地勘もない状態でのスタートですから、
気になる病院に直接足を運び、履歴書を配って熱意を語り、
面接の約束を取り付ける、という行き当たりばったりな始まりでした。
しかし幸いにも、突然訪ねてきた変なガイジン獣医師である私に興味を
持ってくださり、スムーズに採用に至ることができました。

日本の獣医師免許は他国と共通ではないため、飼い主さんと対面する
いわゆる外来診察を行うには現地の免許が必要となります。そのため、
一般病院では検査や治療、入院動物の管理などをメインに行っていました。
さらに、飼い主のいない動物に対しては外国人獣医師の診療を認める
仕組みがあり、保護施設では診察や手術を行いながら、シェルター管理に
ついても学んでいました。

シンガポールやインドは、他国と共通の獣医師免許となっているため
(審査等は必要)、国外への留学や研修に参加したり、海外の優秀な人材を
招き入れたりしやすいことはメリットだと思います。実際、シンガポールでは
オーストラリアへの留学経験者が多かったですし、ムンバイではアメリカ人、
イギリス人、ポルトガル人の獣医師が勤務していたり、イギリスへの研修に
参加する獣医師もいました。各々の得意分野を生かし、診療の担当内容が
明確に分かれているのも特徴的でした。

一方で、教育を受けた地域が違うことで多少診療方針が異なることがあり、
同じ病院の獣医師同士でも意見が分かれる場面がありました。特にムンバイの
病院ではディスカッションが毎日行われ、1時間近く話すこともよくありました
(インドには議論好きの方が多いです)。

さて、獣医師と聞くと、給与の高い印象をお持ちの方もいらっしゃるかも
しれませんが、日本の勤務医は一般的に、長時間労働で給与が低く、
途中で断念して他職種に転職していく人が多いのが現状です。

しかしシンガポールもムンバイも、獣医師の給与は高い水準にあります。
シンガポールでは日本の1.5~2倍ほど、ムンバイでは日本の1/3ほどですが、
それでも現地の平均収入と比較するとかなり高額で、給与の高い職業の一つです。
獣医師になるには多額の学費が必要となることや、社会的地位の高さが
反映されているようです。

診療費も、両国とも一般的な物価に比べ非常に高額で、一般病院には
経済的に余裕のある方が受診される印象でした。一方で、貧困層や
飼い主のいない動物を対象にした診療施設もあり、結果的にはどの動物も
医療を受けることができる環境が整っていました。


インドの病院に入院していた犬 おなじみの額の赤いマークがついている

現地の獣医師にお話しを伺うと、獣医教育にも違いが見えてきました。

まず、シンガポールには国内に獣医大学がないため、獣医師になるには
海外留学が必須となります。学費や留学生活費を含め約5000万円が必要
とのことで、一部の富裕層以外には現実的ではないようでした。
職場には、動物看護師として働きながらお金を貯めて留学を目指す人もいて、
並大抵ではない熱意や覚悟を感じました。

インドでは州ごとに獣医師免許の認可が必要となるため、基本的には出身地
付近の大学に入学することが多いようです。ムンバイには保護動物の診療を
無料で行う施設があり、大学と提携することで、獣医師教育を行うとともに、
質の高い医療の提供を可能にするといったwin-winの関係を築いていました。

動物看護師についても違いがありました。

人件費の高いシンガポールには、近隣の東南アジア諸国から出稼ぎに来る人が
多く、獣医療業界では、フィリピン人獣医師が動物看護師として働くケースが
多いです。結果的に、獣医師としての豊富な知識や経験を持つ外国人看護師が
現地のスタッフの教育も担当するため、全体的に看護師のスキルが高いと感じました。

獣医師のオーダーに従って、採血やレントゲンなどの検査、比較的難しいと
される血管内投与を含む注射や点滴、さらには麻酔導入/管理や気管挿管、
手術後の管理まで看護師が任されており、各々それらに必要な知識と経験を
備えていて、安心して任せられる環境がありました。

日本でも来年から愛玩動物看護師が国家資格化されることになったので、
今後仕事の幅が広がっていくのは個人的にも楽しみなところです。


若手看護師を指導する様子

もう一つ興味深いこととして、宗教の影響があります。
シンガポールもインドも、イスラム教やヒンドゥー教をはじめ、
様々な宗教の方が暮らしていて、ライフスタイルに違いが見られます。

イスラム教では豚や犬は不浄な生き物とされているため、豚肉は食べず、
犬に触れることも良しとされていません。そのため、豚肉の成分を含む
ペットフードは避けられる場合が多く、ペットも猫を選ぶ人がほとんどです。

シンガポールの勤務先は、メインの病棟と猫専門病棟が分かれていたため、
イスラム教徒の飼い主さんやスタッフが、犬に接することのないよう
配慮された環境になっていました。

一方のインドでは、国民の大多数を占めるヒンドゥー教やジャイナ教の教えに
ある「不殺生」に基づき、半数近くが菜食主義者であると言われています。
どんな料理や食品にもベジタリアンマークが表示され、一目でわかるように
なっています。そんな食文化の根付いているインドですが、動物に与える
フードについてはこだわる人が少ないように感じました。
野良犬にビリヤニ(インド名物のスパイシーな混ぜご飯)を食べさせている人
もいて驚きました。国や宗教によっても動物への接し方の違いが垣間見れますね。


シンガポールのペットショップには日本製品がずらりと並ぶコーナーも

外国に住んで働くということは、「お客様」として扱われる旅行とは違い、
現地の文化にどっぷりと浸かりその国の社会の一部になるということです。
思いもよらないことが壁になったり、心配していたことは大した壁では
なかったり。多文化、異人種と共存しながらの日常は、違いに難しさを
感じながらも刺激的で面白い経験です。また、人々が私を通して日本を見る
視線から、日本が世界でどう見られているかを客観的に感じ取ることができます。
ほとんどの場合、それはポジティブで興味の対象であったりします。
日本人としては嬉しい限りです。

こうした多様性を受け入れる器の大きさが、これら多文化国家の魅力であり、
外国人の私を心地よく受け入れてくれているのだと思います。
人としても獣医師としても、まぎれもなく貴重な経験に恵まれていると
感じながら、日々過ごしています。

さて次回からは、シンガポールとムンバイそれぞれの職場での具体的な体験や、
各国の動物事情などについてお届けしたいと思います。

藤田舞香
プロフィール
小動物臨床獣医師
都内の動物病院、全国各地の動物保護施設で診察や手術を担当
個人ボランティアとして地域猫のTNR活動にも携わる
2020年出雲市犬多頭飼育崩壊救済、2021年地域集中プロジェクト筑後
にボランティア参加
シンガポールの猫専門病院、動物保護施設勤務を経て、
現在はムンバイ(インド)の一般動物病院に勤務

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